やってみた

覚書(10/3)

前々月末納品したお仕事について、フィードバックをいただきました。

検索してみてわかったのですが、

フィードバックに対しては色んな受け止め方があるようです。

怒る人、落ち込む人、前向きに受け止める人など様々な反応でもって受け止められるとのこと。

かくいう自分は、「落ち込む+前向きに受け止める」のハイブリッド型です。

 

元々の基質として、指摘されると落ち込んでしまいがちなところがあります。

ただ、なぜ落ち込むんだろうと自分でわが身を振り返ってみると

「自分ができている」と思っているに他ならないからだなあと気づいた時がありました。(あくまでも私の場合です。)

本当にわかっている場合はそれでよいと思いますが、

訳文を作り出している、その時点では「なぜこんな風に考えてしまったのだろう」と思いたくなるミスもあり、

それ以前のどうしようもないミス(例:誤字、脱字)も自分には発生していたため、

「落ち込むときはなおさら要注意だな」と思うようになりました。

 

ですので、落ち込むことは落ち込みますが、

こうしてわざわざ他人が自分に時間を割いてくれ、

指摘してくれたんだなと(無理やりにでも)思いなおし、

1つ1つ修正していくようにしています。

 

今回も丁寧なフィードバックをいただきました。

フィードバックの時間を割かせてしまい、申し訳ありません…という気持ちやら

訳文を生成していた頃の自分は何やっていたんだ…という気持ちやら

これを活かさないことには後はないぞ…という気持ちやら

色々な考え・感情が頭をぐるぐるしました。

が、その後は無理やり切り替えて、文を1つ1つブレイクダウンし、

過去自分の調査が行き届いていなかった点を細かく詰めていきました。

 

PMにも、「フィードバックありがとうございます、必ず活かします」とメッセージを添え、

「次回伸びてないと次はないぞ」というプレッシャーを自分に課します。

 

本来ならばフィードバックの必要がないほどのクオリティに仕上げなければなりません。

それを忘れることなく、指摘された点の修正を1つ1つブレイクダウンし、

スキームに落とし込んでいく。

 

愚直にひたすらやるのみ、という言葉にはいつも勇気づけられます。

ABOUT ME
koń
翻訳者として独り立ちを目指すおばさん 現在レバレッジ特許翻訳講座第7期を受講中です。